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会津若松、ぶらり。

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高校の同級生が遊びに来てくれた。お互いに歳をとったことは分かっているのだけど・・

集まれば うん十年は吹っ飛んで  昔とちっとも変わらないね!という 都合の良い錯覚に陥る。

まあ、子供らの近況や 細々とした仕事の愚痴が出たら 錯覚は急にきりりと輪郭を成すのであるが・・(笑)

郡山から電車で一時間・・会津若松に赴く。移動カフェと称したレトロな電車の中で福島特産のフルーツを使ったケーキを頂く。

しかし、結果的にカフェ動かない方がいいかもね。美味を堪能したけれどこの揺れに 満腹感とは別に胸がいっぱいに・・



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市内観光は周遊バスにて。 話に夢中になって鶴ヶ城を素通りしてしまったなんて事・・秘密である。(笑)

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江戸時代末期、ペリー率いる黒船の来航をきっかけに徳川幕府と薩摩藩、長州藩が対立。

会津藩主の松平容保は幕府から京都守護職を命ぜられ、不穏な京都の治安を任された。


城を背に不意に降り立った七日町は民芸品や洒落た小物店が立ち並ぶ。



江戸の無血開城の後、西軍(薩長軍)の標的は会津に向けられた。

会津軍が猪苗代町の母成峠で敗退するとなだれを打ったように西軍は若松城下に攻め入り

会津軍が降伏するまで会津各地で戦いが繰り広げられた。

新選組は会津藩主松平容保が京都の治安にあたった組織で、池田屋事件の指示も会津藩の公用人から出ていたといわれている。

鳥羽伏見の戦いの後、局長の近藤勇は捕らえられて斬首、副長の土方歳三は宇都宮の戦いで負傷した後、会津に入る。

三番隊組長の齋藤一も土方とは別ルートで会津入りし、土方が函館に去ると、新選組の生き残りを指揮した。

齋藤一は最後まで会津で戦いのちに東京で生涯を終えた彼の墓が新撰組の慰霊碑とともにここに・・バスを待つ時間足を止めた歴史的な建物も混在する。

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まだ紅葉がちらちらと残っていて 秋の風情をうかがい知る事もできた。

昔から美術館や博物館が好きな渋いばばあ好みの私とは違った友人も今や市役所の広報で歴史的遺産を紹介する仕事をしているらしい・・

お偉い先生の相手をするようになって沢山の好奇心をそそられている様だ。

うん十年前は・・さそってもやんわり断られていたようなたびの詳細。

しっかりとそこに残る空気のような物を感じる旅になった。

やっぱり時間は流れている・・ (笑)

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コメント

誰だろう???

投稿: アメリカ在住の親友 | 2016年12月14日 (水) 10時25分

へっへっ~🎵
Mッシーとmちゃん。❤二人とも二人の男の子のおかーさん。

投稿: 森おばさん | 2017年1月21日 (土) 06時06分

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