« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011年4月

真実のライン

Epsn1128buroti

高価な物はないけれど・・ブローチが好きで集まりました!(あっ。但しブルーハートのバカラと王冠モチーフ天然石はきっと・・お高いはず。 どちらも目の肥えたセンスのいい親友から頂いたものです。私にとっては宝物)


週末に横浜の夫の友人が我が家に寄ってくれた。
被災地に近くに住む知人もあり 原発付近 30キロに程近い場所まで行ったらしい。
線量計を10マイクロシーベルトで アラーム設定して向かったが 原発に近い付近は警告音がなりっぱなし・・
はしっても追いかけてくるようなその音に恐怖を感じたと言っていた。
「で。この辺はどうでした?」という私の食いつきに 少々言葉を柔らかくし「でも韓国製の安物機械だから。」
という前提で車内で0.6マイクロシーベルトと教えてくれた。
言葉にしなくても「深刻」というハンコを押されたような皆の胸中。
夫の音楽仲間は昔から金髪 モヒカン 脱ぎくせ デンジャーと 一見インパクトのある人が多いが彼は比較的 優しいオーラのあるタイプ。ラスタカラーのチェロをくるくる回しながら演奏する姿はちょっと想像できなかった。(笑)
我が家の子供たちは・・ 私と似ていなくて人見知りという言葉を知らない。
初対面の彼のふわふわな髪の毛を触りたくて後ろに周ったり 「宇宙戦艦ヤマトみたいですね。」とリアクションに困る事を言ったかと思うと 10年ぶりの再会にもあっさりと釘をさすように 彼を退散に追い込んだ。
親しい人からの声というのは ニュースや記事より ずっと リアルで日々つい 何事もなかったかのような暮らしを
切望する者としては気が引き締まる。
事の大きさと嘘のような小さな日常を平行して生きている相反する現実といきなり重石を載せられたかのような不安。福島人はもろい事でバランスを崩しそうになるんじゃないだろうか・・
次々と 風評被害の 鎖が外されている。
安全な物を感謝して頂く事は 喜ばしい事に間違いない。 
ただ この 安全だとシールを貼るプロセスが今ひとつ見えない事が個人的に腑に落ちない。
目をこらせば見えるはず。 確かにそうかもしれないけれど 食や居に関する情報は新聞の一面でもいいんじゃないかとさえ思える。
こと・・震災後 様々な形で嘘が流れ 不信になっている者としては堂々たる活字情報とそれ以外の情報の二つ以上が必要になってしまっている。
どこで 見切るか・・ これが 私の目下のテーマになっているような気がする。

さて・・歯科治療が続いている。
余震の際 放置された私。。 正直・・この先信頼関係が構築できるか 迷うところ。(笑)
奥に銀歯を被せるところまできたのだが・・これが上手くいかず銀歯を 何度も 口の中に落っことされた。
その度・・ うぐっ。と 餅を詰まらせそうになるサザエさんのように飲み込んでは駄目だ!と喉を閉めるイメージを作る。舌先で銀歯を拾いどーぞと差し出す。ちょっとB級ホラーっぽくもある。
そろそろ・・見切るラインなのか・・・・と こちらもテーマになっている。(笑)


Epsn1132yubiwa


Epsn1137kubikazari


地震でバラバラになった箱を整理。こっちにも高価な物はなく ビーズや天然の石が多く玩具箱のよう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

片付けて久しぶりの再会。

いやー・・
我に返って 地震後に 残った食器を磨いたら・・お気に入りやら・・お高いのが見事に無くなっていました。
スッキリとした 食器棚。
昔集めた お猪口が少し残ってたので 記録してみます。(笑)

Epsn1112tottkuri            

Epsn1115grass

酒もすっかり飲めなくなりました。飲み屋のままが似合うと言われていたのにー。(笑)


Epsn1116ningyou2

これも久しぶりの再会。  娘が小さい時に描いた絵を人形にした物・・

Epsn1119ningyou

いつも・・二人分作っていました。でも・・・・これ物凄くがさばって今では邪魔なんだなー。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

そして日々は つづく

Epsn1126kinobori

町中 至る所に 「がんばろう。がんばっぺ。」が頑張っている。満開の桜はそこに佇むだけ

地震から 一ヶ月が過ぎ・・本当に色んな事が変わってしまったと感じている。
例年 春に予定されていた 遠足や運動会は 原発の状況を見てという事で 延期された。
子供達は 帽子にマスク。 幼稚園のお迎えの父兄も同じで 本人と判別できないという事でネームプレートを首から下げるようになった。
外に出られない子供たちは北国ッ子の 餅肌で血管がすけるようにピンクで可愛いホッペをしているけれど 夏のプールで真っ黒に焼ける事はもはやないだろうと思う。とても申し訳ない気持ちになってしまう。
学校が始まり 心的ストレスを少しでも和らげようと 先生も子供たちが出来るだけ体を動かせるような アイディアで試行錯誤して下さっている事が子供の言葉で分かる。

そんな子供も ニュースには敏感で 「福島から来た子は 放射能が移るって 差別されるんだってー。」と心配の種を見つけては私に話してくる。
「悲しい事だけど そうゆう差別は日本に限らずどこにでもあるんだよ。 何がいけないか・・それは知らない事。知ろうとしない事。こんな時だから沢山勉強しなくてはいけないね。」と言葉をかけるが当然 次の興味に子供はそよいで行ってしまい「おまえもな。」と自分に言って聞かせている。
テレビで安心と言い続ける学者や媒体は研究費 など お金の絡みが見え隠れして とても無意味に思える。大体 学者が本質から目を逸らしたら 魂を売るのと同じなのに・・と
今では 自分で自分の首をしめることにならないのかと哀れな気持ちにすらなる。
政治家がもしかり。 まるで初めからこうなる事を知っていたように吠えまくっている。結果を批判するのって興奮するんだろうな・・と見ていて思う。 なんて容易い事なんだろうとも思う。
韓国のことわざに「吠える犬は噛まない。」というのがあるがまさに・・である。
そんな暇があるなら いっそ ガブリと すねあたりに噛み付いてもらいたいものだ。(まあ。気持ちだけ 笑)

本質を知る手立てといものがあるのか・・というと確かに難しい。
それでも やはり偉そうな事を言った手前 こんなときだから 勉強しなくてはならない事は大人も子供も同じだと思っている。
とはいえ・・なんと事の大きい事か・・
死ぬまで頑張っても足りない。 子供たちよ。後は頼んだ・・ってそりゃーないでしょう。

Epsn1123inu

久しぶりの 街で見かけた 子供たち。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

余震のタイミング。

Epsn1097sakura

Epsn1094sakura2

福島の桜です・・・・
震災から一月が過ぎ ここ福島も遅ればせに春がやってきたのを感じる。
街は 未だ元通り・・とはいかず 度重なるおおきな余震に古い建物は 悲鳴をあげ
あちこちに 足場がかかり 何とか 崩れるのを抑えるような 手当てが行われている。

この余震だが 本当に余震?と思える力強さで このところは 3.11の横揺れとはあきらかに種類の異なる 直下型という 地の底から突き上げるような感覚に変わった。
悪気のない 酔っ払いを押さえつけるような感じで どうにもむやみに重く 仕方ないと諦めているのに腹のたつ衝動にかられる。
あまりにも数が多いので最近は 揺れの始まる前に地鳴りというのか ゴーーという 恐ろしい声が聞こえるようになった。

そして テレビからの地震発生の警告音・・ 音階そのものも不安な響きで不安定に 拍車がかかる。
お恥ずかしいけれど 先日の余震。震度6弱発生時 私はトイレにいた。「おいおい・・なにもこんな時に・・・・」と悲しくなったが この余震のタイミングは 予測不可能で 料理を作る時には
火の始末が気になるし・・お風呂に入る時は 「お願いこないで。」と祈りながら超スピードで入る。夜中にやってきたら・・と思うと子供や暴睡中の夫を見ながら 私が 深く眠ったら危ない。と察知して ソファーで寝る事に・・・夜中も震度3クラスの余震は2,3度あり 一向に起きる気配のない 夫を憎憎しく思う。(笑)

先日は 歯医者の治療中に震度4がーーー。器具が大袈裟にガチャガチャと音を鳴らしたかと思うと同時にお医者さんも助手さんも目の前からフレームアウトしてしまった。
咄嗟に椅子だけは 起こしてくれたものの・・あまりに無防備な私。 一人じゃない!って 皆言ってくれるけどやっぱり 自分の身は自分で守るのね。と感じた出来事だった。(笑)

先月「シングルマン」という映画を観たが 主人公は 自ら命を絶つことを決め淡々と準備をする。小さな変化でも 明らかに昨日と違うのが人生・・予定通りには運ばず・・予定した死すらむかえられない。というラストだった。亡き父の死も同様で 突然だった。しばらくは父の最後の瞬間を思い 「もっと言いたい事があったんじゃないのかなあ・・」なんて考えてばかりいた。
若い頃 もし今私が死んでしまったら今朝 慌てて散らかしてきたタンスの中が 亡き私を物語るんだな・・と思い せめて今日を無事に過ごさなくてはと思ったりした。(笑)
なにかで読んだけど ある女性は 変死した際 自分の遺体のかかとが汚いのが嫌だとかかとの手入れは欠かさないとあった。
漠然と考える事はあったものの震災を経験し・・死は 突然にやってくるんだと実感した。
色んな意味で日々を美しく優しく生きなければと思う。その一歩に・・ 小児科で偶然出会った被災地から引越しされてきた同じ幼稚園のお友達に お下がりの制服を使っていただければと思い 差し上げた。 失礼かと迷ったのだけど・・喜んでもらえた。よかった!

桜を愛でる 気持ちになれずにいたが 皆さんの言葉を聞き 近所の桜を久々に
見上げた。
どんなに大変な時でも 季節は巡っているのだと 当たり前の事にとても感動した。

Epsn1093_hana

毎年 球根からは花が咲きます・・・

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ちょこっと2011年 3月 映画生活 MEMO

こんな時ですが・・〔笑)
勢いをつけるためにも 地震前に観た映画を記録しておく。

突然の歯痛に襲われ歯科へ・・
「歯を食いしばりましたねー  ぐらぐらしてますよー。」と言われる。
うそーーーーー!!
私はホームランバッターか!
と思った矢先 右目のまぶたが定期的に痙攣する。
仕事で多忙をきしていた昔 時々 経験していたが・・顔面にメンタル面でのツケがきたようだ。
ああ。若くないのね。と実感・・震災前三月に観られた映画は3本。
レンタル店の天井が抜け・・四月に入ってからは 一本も観ていない。春なのに春なのに・・

「悪人」 2010邦画   監督  李 相日

T0008224

(ストーリー)土木作業員 清水祐一は長崎で暮らす青年。 友人もなく祖父母の面倒をみながら孤独を抱えている。紳士服店に勤める馬込光代は 佐賀で暮らしている。彼女もまた職場と家の往復だけの日々をおくっている。二人は出会い系サイトで出会うが 互いの心の悲鳴を感じあい初めて満ち足りた 関係となる。
しかし・・ 祐一は 殺人を犯していた。出頭をしようとする彼を止めたのは光代。
二人の逃避行が始まった。

T0008224a

 weep作品のサブタイトルに誰が悪人か・・とある。人を殺めた祐一。もしかしたら自分のために逃避をすすめる光代。 力もないのにプライドの高いボンボン。それにくっついて祐一を馬鹿にし殺されてしまう女。 正しくないかもしれないけれどそれを悪と言い切れるだろうか。誰もが心の中に持つごく普通な感情だ。なにものかのストレスを感じもがきながら日々を生きている。私は どのキャラクターにも自分を見るような気持ちだった。作品のもう反面の見所は彼らをとりまく家族。稚拙な彼らを愛し 彼らの不幸やあやまちを心から嘆き悲しむ。人には言葉で説明にできない本能がある。記者たちの間を抜け バスに乗り込む 祐一の祖母役 樹木 希林。 亡くした娘の幻影と会い頭をなでる柄本明。 脇を固める名優に支えられ 主役の二人の並々ならぬ決意が感じられた。原作は以前 ブログで紹介した「パレード」の吉田修一。 こちらも平凡な人間の心の狂気がテーマになっている。

「シングルマン」  2009米 監督 トム フォード

A0051234_21254161

(ストーリー)1962年 ロサンゼルス 愛する人を事故で失い 虚無な生活を続けていたジョージは これと決別するため 自死を決める。今日一日を生き抜く事を決め ピストルの弾を用意し 身の回りの整理をし親友 チャーリーに連絡をとり 一つずつを整然と執り行ってゆく。今日を最後にする事で 日々見慣れた風景が少しずつ違ったに見え始める。苦痛な隣家の子供 大学教授としての講義・・ そして再び心根がしっくりとくる人とのふれあい。彼の運命は・・・

A9d5477fcc1334e8c55d2d29b0657164

100631ba1a71ddd7868afa56e7c6143a

weepグッチやイブ サンローランのクリエイティブデレクターのトムフォードの初監督作品。画面繊細かつ美しさは 唸る物がある。音楽も非常にストーリーと合っていて美しかった。ゲイのお話なのでそのつやっぽさは(特にちょっとギラッとした匂い)は 好き嫌いの分かれるところだが・・私的には 大変好み。モノクロの世界と鮮やかに色ずく瞬間の対比が見事。死を前にある意味捨て身でいながらも大人の男の理性を感じ また台詞で心に響くものが数多かった。

A0051234_21255277_2

スーツってのはこう着るのだよ。という男たちの佇まいも美に拘る監督ならでは・・視覚的な事を多く言ってしまったけど人生の全てがぎゅっと詰まった一日を切り取っているのでストーリー的にも感慨深かった。

福島も梅の花が咲き始めている。 今日は雨。 

燐とした花たちは目に見えない物に怯えている様子はない。

他に観た作品

(500)日のサマー  スイートなラブコメと思いきや せつなくスパイスのきいた展開   だった。主演の二人が非常に可愛くて 悲しくすれ違う気持ちがリアルでいい映画です!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

震災 一ヶ月。

Epsn1088mini家を片付けていてでてきた ミニドールたち。作った物 頂いた物懐かしい・・・・


いやあ。なえるわあ。
ようやく皆がこれからの事を辛くても受け止めていこう・・と思っていたはずの矢先の地震だった。 皆 度重なる余震に疲れ・・それでも少しずつ小さくなっていく揺れに せめてもの安息を感じていたと思う。
ボンヤリと終息に向けてのストーリーを誰もがデッサンし始めた頃 これでもか・・!と大きな力に揺り起こされる。
人生をかけた学問も 自然の力には手も足もでない。
いや・・被災地では どこかの学者の見解としての大きな余震は 3・11から常にあった。
それが 何パーセントの確率にしても 後何日かで山はこえるはずと心に留めて その日が過ぎてゆく事を息をひそめて待っていた。

まず。原発・・どれ位の人が 一点に集中して無事を祈った事だろう。
テレビをつけて もはや旅に出した思い切り心配をかけられている愚息の 様子をうかがう。
様子がそれ程私と変わらない 原子力のエキスパートたちが目を泳がせながら「異常はみられません。」とコメントしていた。
「現時点で思い切り 異常なんだよ。」と夫がつぶやく。
こんな非常事態でも「日本語って難しいなあ。」なんて思う私・・
そう・・ ニュースで何度となく繰り返される「ただちに 健康に害を与える数値ではありません。」のただちにや 自主的自粛 屋内退避区域の自主的避難 など凄く怖い事を言ってのけた後の 「そのつまり・・あのう・・えっと」のようなお茶を濁す言葉も間違ってないのかなあ。なんて思ってしまう。(笑)

それはさて置き 息子の幼稚園でも 今後 外遊びを希望するかどうかのアンケート用紙が配られた。いつまで続くか分からない現状で積極的にお願いする気持ちになれない。と一言添えて もたせた。
安全と言われても マイ水筒に ミネラルウォーターを入れて持たせた。
あれだけ 食育 が盛んに進められ 地産地の食材について教えられてきた子供たち。
農家を回って 畑で体験し 加工工場を巡って 食の大切さを感じたはずだ。
今 私は安心とそれ以上のかけがえの無い思いを子供に 説くことはできない。
愚かだと感じているけれど母親としては 理性より本能が勝ってしまう。

家の中にいても 風でどこかかきしむとドキリとする。
今も 皆ずっと小さい物音に ドキリとしているはずだ。

Epsn1091tanaka元同僚のご夫妻から送られてきた品々。トロロ昆布は体にいいらしい。。とお心遣いありがとう!!

Epsn1089fue_3

子供たちの学用品が不足している。 長女の使っていた物を恐縮ながら送った。ランドセルも集めて役立たないかと思っている。

Epsn1087bara_2

 

バラは 寒さにも強く頑張り屋さん。 駄目になった植木を バラに差し替えてみました!

| | コメント (6) | トラックバック (0)

震災 三週間。

Epsn1083jiyuukan

いきなりの衝撃的写真!近くのカラオケ店! 地震でシンボルの お城屋根がーーー。

毎日 原発事故のニュースが繰り返され 原発関連ベースで 見守る毎日である。
アレバ・・頼む 何とかしてくれ! 金は出すから。と成金オヤジのような私。
日本人らしく 札束で解決出来る事はどーぞよろしくである。
とはいえ 原発大国である フランスや正義の国アメリカにとっても 良いサンプルである事は間違いない。それでも・・ どーぞよろしくである。ハグ。

地震 原発・・と困難な問題は先が見えず続いていくが 終点の分からないバスに乗ってしまった。このバスは止まることすら許されない。
事の深刻さが身に染みれば染みるほど バカの壁は厚くなっていくような感覚で 見てしまった事。聞いてしまった事を一旦 心の秘密の箱にしまって「目をこらして再度見なくては・・」と強く誓いながらも 見る事が出来ずにいる。
色々なモノが壊れ 大事にしていたモノが 無くなった。
無くしてしまえば 不思議と さっぱりしてしまって大事にしていた事すら 無かったような気さえしている。
もしかしたら 最初から大事なモノなんてあったのか。
物質的にはそんなものかもしれない。
無くしてしまった。という 爽快感にも似た空洞が出来ただけだ。
初めて知った感覚ではあったが空洞は 心の中の景色のように 時間とともに しっくりとしていく。
今は全てが そんな風になってしまう事が恐ろしい。
大体 怒りのような エネルギーのいる感情を持ち続けるのは辛いのだ。
どちらかといえば 避けて生きて来てしまった。志の高い生き方を諦めてしまった所がある。ずるい自分が情けない。

でも今度だけはそれではいけない。
熱く怒りをキープしながら 氷のように冷静でいなければならない。

この三週間は気持ち的には 疲労困憊だが 綿菓子が出来上がるように 幸せな気持が現れる瞬間もあった。
それは ずっと 連絡を取っていなかった友人からの声の数々だ。
面倒くさがりな私は 気になっていても先延ばしにしているようなところがあった。ここまできてようやく・・という部分もあるけど(笑)とにかく 生きてるうちで良かったと心から思う。

私を案じてくれるもの 励ましてくれるもの 皆 最初は言葉を選んで神妙だけど私の様子を知ると 昔のまま話し掛けてくれる。
皆の現状や 辿った時間が順風満帆というわけじゃなくても こんな 状況な私だから 話しやすいところももしかしたら あるかもしれない。(笑)
どんな時だって悪い事ばかりじゃないって 電話やメールを終えて 少し心が軽くなっている私がいる。

Epsn1085herena

「ふくしまは負けない」地方紙の紙面に避難所での子供たちが載った。
偶然一緒だった中学校英語教師のヘナレ先生にはいつも遊んでもらった。

| | コメント (10) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »