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たすけの船

Epsn1046 パン屋に出現したまっくろくろすけ!


大阪の母はよほどの事がないと病院にいかない。
それが災いしたのか ずっと昔の軽い脳梗塞を見逃してしまった。
日常生活には 殆ど支障がなく 決まったスケジュールを 自分のペースでこなす事に苦労はない。
風邪をひいて飛び込んだ 近くの脳神経外科で 詳しく見てもらうように 言われたのが
去年の事である。その時初めて 脳のわずかな萎縮が分かった。
今のところ 治療はなく 内科的な注意に留まっていた。
言葉が すんなり出てこなかったり 気持ちが先走って 説明がうまく出来ないような事はあの年代の人なら・・似たり寄ったりなのであまり気にしていなかった。

つい 最近の事 お年よりサークルの対人関係で 周りの方に違和感を与えている事が分かった。活動自体には問題はないようだが  日常的ではない 遠征のような 特別なスケジュールの時 戸惑っているようだ。
ひとくちにコミュニケーションというが・・ 人は口からでる言葉と 胸の中の言葉が違っていたりよくするものだ。 遠慮とか・・たてまえとか 時には思いやりだったりする訳だが これを読み取る事が難しくなっているようだ。
善意であっても 思い汲み取る事が出来ない場合 トラブルは避けられない。母にとって善意な事も他方からは苦痛にもなりかねない。

この事で 妹とも 互いを傷つけあうような会話をし お互いに疲れきってしまった。

そんな時 このサークルから たすけの船がそっと出された。
私たち 姉妹がどう説明も出来なかった事を「最初から 難しいのだ。」と専門的な立場でいいきってくれる方がいた。
心底ほっとした。
不安な気持ちの上での堂々巡りほど苦しいものはない。また 心配事は唐突に出現するだろうが 本当に救われる思いだった。

幼稚園の お手伝いサークルでの事。次年度の役員を決める際の事である。
その場の 重圧が 各自に掛かっている中 私の家の事情を少しだけ知る 人がたすけの船を出してくれた。「じゃ・・私で。」
誰だって 率先して 大変な仕事を引き受けるのは辛い。 彼女だって同じだったはず。
それでも私を 追い立てなかったのは彼女の優しさだ。
「ありがとう。それから・・本当にごめんなさい。」 この場を借りて。

困った。と それ以上の言葉がない時。
たすけの船が 光り輝いて見える。
溺れる ありんこに 笹の葉っぱが さらりと投げられる。
さりげないけれど 紛れもなく 命拾いしたありんこである。


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