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2011年2月

たすけの船

Epsn1046 パン屋に出現したまっくろくろすけ!


大阪の母はよほどの事がないと病院にいかない。
それが災いしたのか ずっと昔の軽い脳梗塞を見逃してしまった。
日常生活には 殆ど支障がなく 決まったスケジュールを 自分のペースでこなす事に苦労はない。
風邪をひいて飛び込んだ 近くの脳神経外科で 詳しく見てもらうように 言われたのが
去年の事である。その時初めて 脳のわずかな萎縮が分かった。
今のところ 治療はなく 内科的な注意に留まっていた。
言葉が すんなり出てこなかったり 気持ちが先走って 説明がうまく出来ないような事はあの年代の人なら・・似たり寄ったりなのであまり気にしていなかった。

つい 最近の事 お年よりサークルの対人関係で 周りの方に違和感を与えている事が分かった。活動自体には問題はないようだが  日常的ではない 遠征のような 特別なスケジュールの時 戸惑っているようだ。
ひとくちにコミュニケーションというが・・ 人は口からでる言葉と 胸の中の言葉が違っていたりよくするものだ。 遠慮とか・・たてまえとか 時には思いやりだったりする訳だが これを読み取る事が難しくなっているようだ。
善意であっても 思い汲み取る事が出来ない場合 トラブルは避けられない。母にとって善意な事も他方からは苦痛にもなりかねない。

この事で 妹とも 互いを傷つけあうような会話をし お互いに疲れきってしまった。

そんな時 このサークルから たすけの船がそっと出された。
私たち 姉妹がどう説明も出来なかった事を「最初から 難しいのだ。」と専門的な立場でいいきってくれる方がいた。
心底ほっとした。
不安な気持ちの上での堂々巡りほど苦しいものはない。また 心配事は唐突に出現するだろうが 本当に救われる思いだった。

幼稚園の お手伝いサークルでの事。次年度の役員を決める際の事である。
その場の 重圧が 各自に掛かっている中 私の家の事情を少しだけ知る 人がたすけの船を出してくれた。「じゃ・・私で。」
誰だって 率先して 大変な仕事を引き受けるのは辛い。 彼女だって同じだったはず。
それでも私を 追い立てなかったのは彼女の優しさだ。
「ありがとう。それから・・本当にごめんなさい。」 この場を借りて。

困った。と それ以上の言葉がない時。
たすけの船が 光り輝いて見える。
溺れる ありんこに 笹の葉っぱが さらりと投げられる。
さりげないけれど 紛れもなく 命拾いしたありんこである。


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日々を生きること

80歳を過ぎる親戚のおばちゃんの様子が 日を追ってよくない。
たまに遊びに行けば子供たちに五百円玉をひとつづつ下さった。
申し訳なくて 恐縮してお礼を言うと「こんなに喜んでくれる子供も もう・・周りにはあまりいないから・・」と優しく 微笑んでいた。
様子・・というのは 体の方よりもむしろ 心の方である。
年齢も年齢なのだから仕方ないとはいえ 胸が痛む。
同居の娘さんが介護をされているが ご主人も車椅子で その大変さは想像を絶する。誰がなんと言ったって常に向かい合わなければならない介護をしている人が一番大変なのだから。
おばちゃんにとっての真実が 既にここに存在していないのが現状で 当然二人にはズレがあって 「娘が苛めるから 警察に電話しようかと思って・・」と電話がかかってきた事もある。もちろんそんな事はないのだけれど。
介護をするにあたって もちろん肉体的な事も かなりの疲労だけれどどちらかといえば心の方が痛みが深い。
我が家も 多少なりとも介護生活が始まって 確かに休みなく 暗いうちから食事を作ったり子供たちの食事とは別々のメニューを用意したり 雑用で送り迎えをしたり 薬の管理や看護師さんとのやりとりなど やらなければいけない事は盛り沢山だけれど 合間には 笑いも多い。「もう。私は知りませんからねー!!」と言い放っても 聞いていてくれているという救いがある。(実際は守ってくれないけど。笑)
一番 辛いのは そのどんな事よりも お互い真剣であっても 階の違う部屋をすれ違うことなく お互いを探しつづけるような毎日なのだと思う。

それでも。それでも。
人間は 絶望を続けたまま生きていく事が出来ない事を私は知っている。
穏やかだった人を思う。 楽しかった事を思う。
かすかに弱い光を見つけて目をこらしてそれを追うのだ。

夫の友人に若くして 自ら逝ってしまった人がいる。
私自身はそれ程 親しかったわけではないけれど今でも 彼をよく思い出す。
慣れない土地にきた私にとてもよくしてくれた。 思えば彼は誰にでも 誰よりも親切で誰よりも優しかった。光の中にいるような仕事も持っていた。
それ程たくさん会話したわけじゃなかったのに 彼をとりまく環境を羨ましく思ったり 可能性や好奇心を話すと 私に 優しく笑いながら まるで用意してあった答えのように全てを否定した。それを思い出すのだ。

理由は・・多分本人しか分からない。
彼の訃報を聞いた時、 何となく 絶望という言葉が腑に落ちた。

何となくだなんて あまりに軽いけれど あの感覚を知ってからは結構しんどい時も 自分はまだ頑張れるのじゃないかと思えるようになった。

Epsn1043 幼稚園のワークショップで作るので練習してみました!
Epsn1041syusyu Epsn1042tittsyu シュシュとティッシュカバー。
Epsn1030fuku 同じ型紙で花柄のチュニックです!

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精神的 断捨離

Epsn1025magu Epsn1022kattpu

左は 最近 クラフト会で教えていただいて製作したマグ。デコパージュの一種で白磁のマグに模様をつけていきます!右は 陶芸に挑戦し出来上がったカップ。 歪んでますねー!(笑)

去年あたりから「断捨離」という言葉が 巷でよく聞かれる。
もともとはヨガの言葉らしい。
漢字の 一文字ずつが それぞれ強烈に決別を感じさせ 潔い。
ざっくりいえば片付ける事なのだろうが 必要な物とそうでない物を見極め 次のステージへと進む 精神的な意味も含めてらしい。

ブログ仲間の紹介で「ごんおばちゃまの暮し方」という人気サイトへ度々 寄らせて頂いている。一番気持ちが止まったのは「物がなくてもしあわせです」というフレーズ。そしてその方法の1つとして時間を決めて片付けを進める事。シンプルで分かりやすい。その人柄もあり たくさんのファンがいるのも頷ける。

これは 長距離ランナーのトレーニング論でもあるらしい。
毎日・・同じ距離を 基本 体調の良し悪しに関わらず走る。
ランナーであり作家の村上 春樹氏は これを文筆活動にもあてはめて 毎日 書く量を決めているらしい。
どんなに書けなくても10ページ。 どんなに筆がのって もっと書きたい衝動にかられても10ページ。別の主婦作家も9時から5時までと時間をきって仕事をしていると聞いた事がある。

目指す暮しが定まって それに向けて走り出す事は気持ちがいい。
私はまだ 道半ばの旅人のようで(笑) 暮しの行き先に迷いがあるので断捨離宣言はしない。(ここで・・すでに趣旨から外れてるんだけど)
ただ、このプランニングは生活の上で とても 興味をもっている。

仕事に追われていた時代 時間的にも仕事以外とれなくて いつもぼんやりと眠かった。それなのに仕事をしている時は妙な高揚感があって「生きてる!!」みたいな感じ。
他の事を考える余裕がないというのはある意味助かる事なのだが 自分自身がなくなってしまうようで何かの隙間があこうものなら 不安の煙に巻かれる思いだった。

全てを引き払って 知らない土地で生活を始める。
今度はすぐに 必要な物を落としてきてしまったのじゃないかという不安が沸いた。
人間というのは 本当に身勝手な物で 手から外れた方を一度は必ず 大きな物のように感じるようだ。
苦しいけど 気がついた時 両手いっぱい あれもこれも抱えていたら 一度は溺れてみるのも荒療治かもしれないと今は思う。

あれも これもと 思う事は あれもこれもしていないという事から生まれる気持ちだ。
出来ない事を数える事は無意味だと思い始め とりあえず 出来ない事は諦める。という事を心がけた。
精神的 断捨離 ってところだろうか?
諦めるという 言葉はネガティブっぽいけれど 正直心の平穏を手に入れた。(笑)気持ちの選択肢を絞ると形のない焦りが薄れるような気持ちになった。
あとで計算してみると 必ず何かが手に入っている事に気がついたからかもしれない。

物に関しては 捨ててしまったものを 惜しいなんて引き摺った事はない。
気持ちに関しても 同じ事がいえるんじゃないだろうか。(一時的にはあったとしても)
とりあえずせめて 自分に関してだけでも 整頓しておこう。
人生の大半の不安や 焦りは これ以外の要素が多いのが事実なので。(笑)

Epsn1027kuma 娘といった ミスドにて・・・

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似ている?似ていない?それはあやふや。

Epsn1001ongaku

「シンコペイテッドクロック」ではウッドブロックに挑戦!熱を出したおかげなのかナイステンポだと誉められました。

末息子の体調もぼちぼち。
今日は幼稚園で週一で教えてくれている音楽教室の発表会だった。
狭い会場は 人で溢れ返り ミニチュアかと思える同じ顔をした親子の集いとなる。
親子ってよく似ている。別々に出会っても 神経衰弱のように言い当てられる。と思う。(笑)
たまに「ああ・・・お母さんに似ればよかったのにー・・」と思われる 父と瓜二つの女の子。
おしいなー。とあくまでも心の中で指をはじく。お父さんは似ているという揺ぎ無い事実を心から喜んでいるようだ。
許してね。きっと・・お互い様にアレコレ勝手な事を考えていると思うから・・

思えばこの手の集まりにはいつも 下の子を持参していた。
途中 泣き出そうものなら 口封じに おせんべいやらジュースをくわえさせたり 何度も席を立ってあやしては戻った。其の当時同級生だったお母さんには・・私の姿はかなりインパクトがあったようで・・今でも偶然 街で出会うと 名前も知らない(顔は知ってる)方に「前に抱っこ背中におんぶで参観日来てたもんねー。」と懐かしがられる。

最後の最後末息子の順番になって身ひとつ。ようやく演目を集中して見られる機会を得た。
どの子も皆 一生懸命 歌や合奏をし その姿だけで 目頭が熱くなる。
知らない子供を見てもそれは同じで 子供からみればかなり 危険なおばさんの私だ。

Epsn0978inu 猛犬注意の看板。 交通当番の旗を届けに行った先のわん子




ところで・・ 双子兄が何故かここのところ便秘気味である。
精神的に 折れ安い彼は・・この事実に打ちのめされ・・夜中も何度もトイレに起き「出ない。」事を確認する。お尻は「出ない」確認のため赤くなり 歩き方も痛々しい。
トイレットペーパーはあっという間になくなり 水洗トイレの水の具合が不自然である。
いったい・・誰に似たんだ?この 病的な繊細さ。
「ママなんて・・昨日出たか・・おととい出たかなんて正確に覚えてないよ!」と励ましてみたが鼻で笑われた。

長女・・毎日・・セーラー服をハンガーにかけない。ほぼ毎日確認。かけない。
次の日 しわがあっても全然平気らしい。理解できない。 しかも髪は 朝シャンどころかネグセで痛い感じである。誰に似たんだ?このだらしなさ。

末息子のタイツ・・洗濯の渇きが悪かったので 姉のお古を履かせてみる。
薄く・・網目模様。まっ 黒だし大丈夫かなー?と手渡したが「これ女のじゃないか!!」とつき返された。ばれたかー。そーだよね。これは私が悪かった。
このラインくらいなら・・ 大丈夫と試した私はどうかと思うけれど・・一応納得。似ていなくもない。(笑)

我が家の子供たちは 皆 比較的読書好き。
そして・・音楽好きなのだかこれは・・義母に言わせると父親似。らしい。
一応私もすきなんだけどねー。と心の中で言ってみる。
愛するがゆえ手柄は 自分の息子に持っていく。(笑)どっちでもいいですが。(汗)


DNAももちろんあるけれど 似ている 似ていないは思い込みあやふやなものと感じるふしもある。

外見的なものはなかなか自分では分からないけれど爪や指の形など妙に似ているところに驚く事がある。
まるで違う別の人間と 思えば 怒りも落胆も多少は薄れると思うのだけど 妙にそっくりなのを客観的と自己的どちらも納得してしまうとかえって腹がたってしまったり・・こころから叱れなかったりと・・多少複雑である。(笑)

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「必至」 任されました!「天地明察」

Epsn0979kaito今日は節分!二人でお休み中お面を作成。

正月に読もう!と決めていたのに・・ようやく読み終えた 図書館で借りた「天地明察」という本が面白かった。

昨々年「本屋大賞」に輝いた 時代小説。といっても・・戦で血が流れるような話ではなく

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「大和暦」を二十年余り 挫折に挫折に挫折を重ね作り上げた実在の人物「渋川春海」の半生記である。

話題の芥川賞や直木賞 受賞作品は雑誌で記載されるので貧乏な私は気になる物に関してはこちらを読んでいる。(笑)「本屋大賞」に 関しては 本屋 さんが選ぶ賞だけあって無条件に面白いものが多く 多分売れそうな物ばかり・・本作に関してもザ・エンターテイメントという感じで 作者の若々しい文章が スピード感を増して響く。登場人物が皆 魅力的というのもいい。数学オタクとでもいうのか・・何より・・主人公である春海が今時の若者であるところがよかった。

夫は どうもこのサクセスストーリー的な話が好みのようで・・ずっと前に推薦された本も細腕繁盛記的な話だったと記憶する。ミステリーや推理物を テーブルに置いていてもスルーするが 本作に関しては私より早く読破していた。本に限らず恋愛物のドラマなどは皆無の様子で 限られた男と女の間ですった もんだが堂々巡りするのか理解に苦しむらしい。私が詳しく説明しても頭の上にハテナマークが沢山浮かんでいるのが見える。(笑)

どんなに真面目な話をしていても何かを思い出して噴出したりしている男である。

彼の友人は皆 集まれば「最近どんなの聞いてる?」みたいな話が多くて
これが良かった。あれが良かったと音楽の話が連鎖し ている。それは今に始まった事ではなくて いつもの光景だ。数十年つきあいがあっても彼女や奥さんの話は あまりしないようだ。有る時 結婚したり 子供が 出来たりして 「おおー」と一応驚くようだけど どうなのだろう。(笑)それ程興味のある話題ではないのだろう。 聞けば女の子の話はするらしい。(笑)「男の子だねー」とオジサンになっても感じる。

だけど女の子のつきあいとは明らかに違って・・私と しては何となく羨ましい。

今 女子会というのが流行りらしいけれど・・私は不向きだと思う。長いつきあいの友人とは不思議と この「男の子だねー。」寄りの話をしている気がする。今風で言う「恋話」というのがとても恥かしくて出来ない。過去に私と其の手の話をした!という人がいたらと思うだけで恥かしい。実際  状況的にそんな話になった後は必ず私はひどく後悔していた。(笑) まったく面白くなかったはずである。この時点で私的には失格。

だから・・私は 周りには謎だったと思う。(笑)本当は謎すらなかったんだけど。

「天地明察」は薄く恋話も盛り込まれている。「男の子だねー。」の作者は スラリとしたイイ男であるがきっと恥ずかしがりやとお見受けする。 しかし文章に「愛」や「恋」がなくってもどちらもきちんと届けられている。そんなお話が好みである。

Epsn0981kusueri1良薬がくちに苦すぎて涙涙の息子・・・・

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気がつけば如月。「RED CURTAIN」CDリリース!

早くも2011年も一月を過ぎた。

如月というその名の由来は諸説あるが「衣更着」 まだ肌寒く衣を重ねて着るような時期という説。 草木の芽が張り出す日「生更木」 さらには天候が暖かくなってゆく頃「気更来」という説などあるらしい。ダジャレ?と思えるような言葉遊びが楽しい。イキだねー。と言われるようなセンスの物ばかりじゃない物が選抜に勝ち抜いているところがそそる。(笑)

一月の後半は末息子が風邪をこじらせ珍しく 幼稚園を数日休む事になった。日頃週末に熱を出しても週明けには健康満タンな息子には辛い日々だった。時節がら もしかしてインフルエンザかもと心配したけれど 検査の結果は陰性だった。

幼児時期のこの数ヶ月・・ 花が芽吹く頃までは少し歩けば どこに病気の根源が落ちているか分からず気を使う。少しずつ拾って人は強くなるのだと基本的には思っている。予防注射の是非は色々あるけれど小児科に張られているポスターに 聞き覚えのない類のそれを見つけると 予防接種 後進国と言われている日本も少しは進んでいるのかと思う。中国やインドの予防法を実践している著名人がいたけれど今はどうなのだろう。厚生省が許可を渋るのは何かあったときの 責任の事も含めて当然といえば当然だとは思うけれど  アメリカのように自分は自分で守るという思考の人種に見習う事も多い気がする。

ところで・・夫の昔のバンド RED CURTAIN の 作品がリリースされるらしい。
Redcaurtain

¥3,000(税込) 
2011年3月2日 発売 
WONDRFUL WORLD RECORDS  WWCD-005

現在も精力的に 進化し続ける 才能あるアーティスト 「オリジナル ラヴ」の前身となる「レッドカーテン」の作品。もう・・20年前になる音源である。 

私はこの中では・・やっぱり「少年とスプーン」ですかね。「orang mechanic suicide」は名曲です。どれも懐かしい曲ばかり。

以前 ライブのテープを見て大笑いしていた彼らである。よくもそれだけ自分を見て笑えるなー。と感心したっけ。(笑)

決して上手い訳ではないけれど 今作る事が出来ない音がアリと見た。以前その時にしか見えない景色がある。と記したけれどまさにソレ。

お金はなかったけどいつもライブは素晴らしかったし・・写真や音響も 友人で作り上げた感じだった。当然ながら皆 若かった。 疾走し続けていた。 物を作る人というのは・・イイにつけ悪いにつけ 軌跡というものが残る。でもどんな矢も 受けられそうないい意味でのバリケードが見える。(笑)

Papa

時は 流れて・・大好きな音楽に浸かる時間は減ってしまった夫。でも今でも 友人とあえば「最近何がよかった?」と話をし お金がないのも変わらない。(笑)

度々  笑いを探求する私に 夫からのメール。その中のひとつを紹介。

9d0545817e5fe833379b0a1da5184541嗚呼。。くだらない。お後がよろしければこれ幸い!happy02

※写真はクリックで拡大できます。

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